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その誰かは俺たちを見おろしているはずなのに、何も言おうとはしないんだ。声も出さない。俺たちを咎めもしない。ただーーただ黙ってそこに、うっそりと佇んでいる・・・。
それにだ。踊り場の横には小さいが窓がある。頼りない最後の残照が僅かにさしこんでくる。
残照を浴びているのに姿がはっきりしない。何と言ったらいいものか。そいつは、シルエットだけでいうなら教員らしくなかった。いや、ふつうの人間らしくもなかった。
ぶかぶかの着物をはおっているようにも、極端に言えばマントを身につけているような感じだった。ああ、さっきの赤マントの話を思い出すよな。おかしすぎる言い方ってのは分かってるんだが、他に例えようがない。
そのくせ、細部がさっぱり分からない。ぼうっとした、埃か塵の塊と言ったらいいものか。
昔、TVが放送終了するとザーッと画面が砂みたいになったろう。砂嵐。
アレを、もっとぼうっとしたモノが、人型になって目の前にいる。俺には分かった。他の奴らもだろう。こいつは、ふつうじゃあない。そこにいるべきモノじゃあない。・・・いや、たとえ、どこであったとしても!」
「つまり、だから、そいつは」
男は、グラスを握る手に力をこめたらしい。
「誰かが、わっと声をあげた。それが合図みたいになってーー俺たちは、今度は階段を駆けおりていた。 今、のぼってきた階段を逆に。いっせいに!
機材もへったくれもない。あんな恐ろしかったことは、初めてだった。
がしゃん、どさっ!
と、右で左でとんでもない音がした。
放り出された機材が階段にぶつかったのか。足を踏み外した誰かが、階段を転げおちたのか。
俺は何とか1階までたどりつき、出口をめざした。何人かは、俺の後ろについてきているようだった。1階の廊下はもう薄暗いのを通りこしてーー何とか前が見える程度なんだ。冷静だったらそばの窓の鍵を外して、逃げ出していただろう。けれど頭が回らない。とにかく出口へ、それだけが考えるすべてだった。なのに」
店の暖房は、それほど効いているわけではない。それなのに男の額から、汗がツーっと落ちるのが見えた。
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