第一章 美也子

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「あたしとしてはきっぱりと別れを告げた、そのつもりだったんだけどね。彼は、そんなことは許さない! って感じで……大学の講義中や、夜中や明け方にも平気で電話してくるし。最初は色々説得しようとしたけど、全然わかってくれなくて、そのうち着信拒否にしたら、違う携帯でかけてくるし。電話を無視すると、大学で待ち伏せとかしてるし。こないだなんか、明菜ちゃんの家でシッターのバイトしてる時に、そこに押しかけて来たのよ?」 「ええ、それほんと?」  明菜の家に押しかけたという話には、さすがに美也子も驚いた。大学で待ち伏せしているだけでも十分ストーカーまがいの行動だと思うけど、赤の他人の家にまで押しかけるなんて……! 美也子は、ほんとに? という思いを込めて明菜の方を見たが、明菜は悲しそうに「こくん」と頷くだけだった。おそらく明菜にとっても予想外というか、恐怖に近いような出来事だっただろう。 「あたしがシッターのバイトをしてることは話してあったから、多分あちこち聞きまわって明菜ちゃんの家を探し当てたんでしょうね。それで、あたしがバイトしてる時っていうのは、当然家の人がいない時、つまりあたしと明菜ちゃんしか家にいないんだっていうのをわかった上で来たんだろうね。インターホンで彼だってわかって追い返そうとしたら、ドアや窓をガンガン叩いて、『中に入れろ!』って叫んで……」 「最悪……」  あまりの話の凄まじさに、美也子も大きくため息をついた。ほんとに、満里奈にとっても相当な「怖さ」を感じたに違いない。 「だから私も、いい加減にしないと警察を呼ぶわよ! って言ったのよ。そしたらさすがに大人しくなって帰って行ったけど……それからしばらくは電話もなかったんだけどね、おとついあたりからまたかかってくるようになって。こないだは悪かったとか謝ってたけど。それで、今日またこんな時間に電話してきた、ってわけ……」  それでやっと話にひと区切りついて、満里奈はグラスに残っていたオレンジジュースをごくりと飲み干した。その「元カレ」については美也子も少し話を聞いていただけで、まさかそんな事態になっているとは思いもしなかった。美也子は満里奈の肩をぽんと叩き、「ほんとに大変だったね……ちょっと一服してきたら?」と促した。 「うん、そうする。ごめんね、美也子も透君も、こんな話聞かせちゃって」
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