第一章 美也子

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 満里奈は立ち上がり、バッグからシガーケースを取り出すと、再びベランダへと向かった。柿崎夫婦はどちらも煙草を吸わないので、部屋の中での喫煙はご法度なのだが、たびたび遊びに来ている満里奈が喫煙者だということは柿崎夫妻も承知で、ベランダに出て吸う分には構わないよと許可は得ているのだ。その間美也子は、目の前の小学生二人とまた「明るい話題」に戻ろうかとも思ったが、そうやすやすと切り替えられるほど、今の話は軽いものではなかった。 「大変だったね、明菜ちゃんも。怖かった? そのこと、おうちの人にも話した?」  やはり美也子は聞かずにはいられなかった。さっき満里奈が電話に出た時、心配そうな顔つきだったのには、こんな事情もあったのかと。 「うん、いつものように満里奈さんと勉強してたら、突然だったから……。でも満里奈さんが、家の人にはナイショにしててね、って言うから……」  明菜は少し俯きながらそう答えた。う~ん……満里奈にしてみれば、そこまでいくとほんとに警察沙汰になってしまうと思ったのだろうか。しかし話を聞く限りでは、正直そういうレベルの事態なんじゃないかとも思うけど……。何か明るい話題はないかしらと美也子があれこれ考えているうちに、満里奈が一服を終えて戻って来た。 「さあ、暗い話はもうおしまいおしまい! 自分から話しといて言うなって? ごめんねごめんね~! そうだ明菜ちゃん、さっきの発表会の話もっと聞かせてよ、透君も聞きたいでしょ?」  少しも気持ちの切り替えが出来たのか、いつもの明るい調子の満里奈に戻っていたので、美也子はほっとした。それでもまだ、満里奈は明るく勤めて明るく振舞っているという風にも見えたのだが……。  ケーキを食べ終え、美也子と満里奈は食器を洗いに再びキッチンへ向かった。 「さっきはごめんね、あんな話して」   満里奈がらしくないくらい申し訳なさそうに頭を下げたので、美也子も「ううん、いいのよ、大変だったね」と満里奈を気遣った。いつも明るい満里奈がこんな風にしおらしくなるなんて、滅多にないことだったし。 「でもさあ満里奈、もしまだそんなことが続くようだったら、ほんとに警察に相談した方がいいんじゃない……?」
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