第一章 美也子

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 美也子はさっき考えていたことを、正直に満里奈に提案してみた。昔と比べて、今は警察もこういったストーカー被害にも親身に対応してくれるはずだ。ましてや、他人の家にまで押しかけてきて、そこの子供を怖がらせるような「実質的な被害」があった場合には。 「うん。私もそう思うんだけどね……」満里奈は食器を洗いながら、美也子の方は見ずに話し始めた。 「でもさあ、やっぱりなんて言うか、一度は好きになった人じゃない? その人を警察に訴えるっていうか、犯罪者扱いするのは、あまりに酷いかなって。もともと別れるのを切り出したのは私の方なんだし、そう考えると・・・…」  美也子は満里奈の辛そうな表情を見て、胸が痛くなった。そう、いつもは天真爛漫そのものだけど、こういうところが満里奈の優しさなのだ。客観的に見れば彼女にとって犯罪行為に近い行動を取っている男を、決して悪者だと決め付けたりしない。それが出来ない。そんなところが、正反対の性格ともいえる美也子が、満里奈を好きな理由でもあるのだが。 「そう……私も無理にとは言わないけどね。でも、また明菜ちゃんが怖がるようなことが起きたら……」 「うん。その時は、私も心を決める。明菜ちゃんや、明菜ちゃんのご両親に迷惑かけられないもん」  美也子の言葉を制して、満里奈はきっぱりとそう言った。それを聞いて、美也子も少し安心した。それは、後から考えると、本当に安易な「安心感」だったのだが……。 「あ、そうだ。そういえば、柿崎さんって煙草吸わないんだったよね?」  満里奈が突然そう言い出したので、美也子はなんのことかと聞き返したが。 「さっき一服しにベランダへ出た時に、これがあったのよ」  満里奈は自分の携帯灰皿から、煙草の吸殻を取り出した。明らかに、満里奈がいつも吸っているのとは違う銘柄の煙草だった。 「ベランダの隅の溝に挟まってたから、片付けるのを見逃しちゃったんじゃないかと思うんだけど。まさか透君が隠れて吸ってるってことはないだろうから、やっぱり柿崎夫婦のどちらかよね」  満里奈はなんのてらいもなくそう話していたが、美也子にとって、それは少なからずショックなことであった。柿崎夫妻が喫煙者であるということに嫌悪感を抱いたわけではなく、それを美也子に秘密にしていたということが。それで思わず、美也子は余計なことだと思いつつも、透に確認せずにいられなかった。
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