第一章 美也子

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 その、何かを宣告するかのような、あまりに冷たく言い放つ口調に、美也子はそれ以上何も言えなかった。ついさっき絞り出したわずかな勇気は、美也子の中で急激に萎んでいった。もともと他人と接するのが苦手だった美也子に、この声の主に言葉で対抗出来る術はなかった。 「どうしよう……?」  美也子はほとんど涙目に近い表情になりながら満里奈に聞いたが、満里奈にもいい案は浮かばなかった。まさか美也子のシッター先にまで来るとは、思いもよらなかった。満里奈にしてみれば、扉の向こう側にいる男がバイト先に押しかけて来たこともあり、この柿崎家は言うなれば「避難場所」でもあったのだ。美也子と満里奈がどうしようかと困り果てていると、その男は更に扉を激しく叩き。そしてもうインターホンは使わず、扉越しにでも聞こえるような大声で叫び始めた。 「満里奈! そこに! いるんだろ! 出てこいよ! わかってるんだから! 開けろよ!」  がん、がん、がん! と扉を叩き続ける音と、扉越しに聞こえる狂ったような叫び声に、美也子は思わず耳を塞いだ。それは到底、美也子に耐えられるものではなかった。 「満里奈、警察呼ぼう! 満里奈には悪いけど、絶対おかしいよ! こんなの、普通じゃないよ!」  美也子の訴えを、満里奈も半ば涙ぐんだ顔つきで聞いていたが。やがて、唇を噛み締め、決意したように言った。 「ううん、あたしが直接話すよ。警察なんか読んだら、美也子や柿崎さんにも迷惑かかっちゃうし。あたしが彼を説得するよ」  そう言うと満里奈は、玄関に向かって歩き出した。 「満里奈!」それは正気の沙汰ではないと美也子は思ったが、満里奈の決意は変わらなかった。玄関の鍵を開け、その向こうの主、扉を叩き、叫び続けていた男に向かって話しかけた。 「一樹……いい加減にして! 赤の他人の家にまで押しかけて、どういうつもり?」  一樹と呼ばれたその男の顔は、扉の影に隠れていて、美也子には見えなかったが。扉を半分開けて、半身を家の中に残したまま話しかけていた満里奈が、もう少し外へ出ようと一歩踏み出した時。満里奈の体が、彼女の意思とは全く逆の方向へと思いっきり突き飛ばされた。  だだーーん!!
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