第一章 美也子

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 それを見て思わず美也子も一樹を制しようとしたが、一樹がくるっと振り返り、その拳を自分に向けて振り上げたのを見ただけで、「ひっ!」と両手で顔を覆ってしまった。先ほどの衝撃は、それほどまでに美也子の心を怖れで満たしていた。 「静かにしててよ、ね?」  拳を振り上げながら、しかしやはり自分に向かって優しげにそう言う一樹に、美也子はこれまで感じたことのないような恐怖心を覚えていた。この人を怒らせたら、何をするかわからない。何をされるかわからない……! 一樹のその言葉に、美也子は震えながら「こくり」と頷くしかなかった。  美也子が大人しくなったのを確認すると、一樹は自分のバッグパックから1本のロープを取り出し、それで満里奈の両手を縛り始めた。痛みに耐えながら必死に抵抗しようとした満里奈だったが、抗おうとするたび一樹の拳が満里奈の体を打ちのめした。見かけによらずかなりの強い力で、まるで狂気に駆られたようなその拳で何度も殴られ、やがて満里奈の抵抗も次第に弱まり。遂には両手と両足を1本のロープで縛り上げられ、身動きすることも出来なくなっていた。 「一樹……こんなことしてどうなるの? 何がしたいの?」   自由の利かない体で満里奈は必死に訴えかけたが、一樹は全く意に介していないようだった。ただ、自分のすべきことを着々と、冷静にこなしている。時には女性を殴りつけながらも、その姿は冷静そのものに見えた。それがまた、底知れない狂気を感じさせた。 「来ればわかるよ、さあ行こう」  一樹は満里奈を縛ったロープを両手で持ち、そのまま満里奈を引きずり始めた。 「やめて! いや!」満里奈は廊下を引きずられながらもがいたが、その体に一樹の蹴りが入り。「うっ」とひと言呻いて、満里奈はそれ以上もがくのをやめた。いや、もうもがくことすら出来なくなっていた。  震えたままその様子をじっと見ているだけだった美也子は、なんとかしなきゃ、警察に連絡を……と思いつつ、体がピクリとも動かなかった。へたに動けば、また殴られる。そう思うと、体が思うように動かなかったのだ。それでも美也子は、チラっと目線だけで居間の方を伺った。透君と明菜ちゃんは、どこにいるのかしら? 一樹ってやつが満里奈を縛るのに夢中になってるうちに、どこかに逃げるか隠れるかしてくれてればいいけど……
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