第一章 美也子

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 あるいは、頭のいい明菜ちゃんが、携帯で警察に連絡してくれてるとか。でも、さすがにそれは無理かな……美也子は自分の意のままにならない体を鑑みて、そう思った。私や満里奈が殴られてるのを見たら、明菜ちゃんも体が固まっちゃってておかしくないものね。せめて、あの子だちだけでも殴られるようなことがなければ……そう考えながら居間の隅々を目で追うと、ソファーの下に、身を屈ませて潜り込んでいる透の姿がちらりと見えた。ああ、透君、そこに隠れてたのね。どうかそのまま、あの男に見つかりませんように……!  それから美也子は姿の見えない明菜も探してみたが、目線の届く範囲にはいないようだった。どこにいるんだろう、無事に逃げ出してくれたのかしら? 自分のすぐ脇を満里奈の体が引きずられていくのをじっと見つめているのと、せめて子供たちの居場所を確認しようとするのが、今の美也子に出来る精一杯だった。それゆえに、玄関から続く廊下の奥――居間のある場所と逆の方向には、全く注意が及ばなかった。 「痛い、痛い!」  強引に引きずられたまま、段差のある玄関の土間に体を打ち付けられて、満里奈が悲鳴を上げていた。ああ、このままじゃ満里奈が連れていかれてしまう……! 美也子が体の中に残っていたほんのわずかな勇気を奮い立たせて、自分の携帯が置いてある居間へと走り出そうとした時。 「わあああああ!」  突然、男の叫び声が響いた。先ほどまで悲鳴を上げていた満里奈の声ではなく、それはこの家に上がりこんできてから、ずっと冷静を保っていた一樹の声だった。  体を起こした美也子が、ええ? と思ってそちらを見ると。ロープを持っていた一樹の手に、銀色のフォークが突き刺さっていた。 「……明菜ちゃん?!」  それを突き刺したのは、明菜だった。きっと居間からキッチンに入り、ケーキを食べていたフォークを持ち出し。居間とは逆の方向から、様子を伺っていたのだろう。「美也子さん、早く!」美也子が居間にある携帯に近づこうとしているのがわかったらしく、明菜は一樹から離れながら叫んだ。明菜ちゃん、あなたって子は……! 美也子は、痛みと怖れで動けなくなっていた自分を恥じた。あんな小さい子が勇気を出して、満里奈を助けようとしているのに。まだ思うように動かない自分の体をいまいましく思いながら、美也子は四つんばいになって居間へと這い出した。しかし。
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