第一章 美也子

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「てめえ、このガキ!」  玄関から遠ざかろうとしていた明菜に、一樹がだだっと走り寄り、跳び蹴りを食らわせた。「きゃあ!」小学生の女の子に対し、全く容赦のないその蹴りに、明菜はもんどり打って倒れこみ。全身を、がつん! と床に打ち付けた。 「明菜ちゃん!」  やっとのことで自分の携帯まであと一歩に近づいた美也子だったが、明菜のその悲鳴を聞いて、再び玄関まで戻らざるを得なかった。「ううう……」蹴られた痛みと床に打ち付けた痛みにもがき、床の上で体を捻らせる明菜に、一樹は近寄り。そして、再び容赦なく、明菜の腹に蹴りを入れた。 「てめえ! ガキのくせに! なめやがって!」  一発、二発、三発。強烈な蹴りが、幾度も柔らかい明菜の腹を直撃した。それまで表面上は冷静だった一樹が、今は怒りを爆発させ。その怒りの全てを、まだ幼い女の子の体へと叩きつけていた。 「やめて! やめてよ!」  満里奈が泣きながら懇願したが、一樹の怒りは収まらなかった。ぐふっ、ごふっ……。蹴りが入るたび、明菜の声にならない弱々しい喘ぎが漏れ。やがて明菜は、お腹を両手で抱えるようにして縮こまったまま、動かなくなった。思えば、明菜が蹴られているその最中に、一樹が怒りを爆発させているその隙に、美也子が携帯で警察に通報することも出来たかもしれない。しかし、そんな冷静な考えを働かせるのは、その時の美也子には到底無理な話だった。幼い子供をなんのためらいもなく痛めつける男の姿に、美也子は戦慄に近いものを覚えていた。ついさっき絞り出したわずかな勇気も、あっという間に消え去り。美也子はその場に、ぺたりと座り込んだ。そして。 「こういう子供には、大人に逆らうとどうなるか、教えてあげないとね……」  明菜を痛めつけ続け、はあはあと切らした息を整えつつ。再び冷静さを取り戻そうとするかのように、一樹はぼそっとそう呟き。ぐ、ぐぐ、と痛みをこらえながら、まだ自分の右手に刺さったままだったフォークを、もう片方の手で引き抜くと。お腹を抱えていた明菜の体を、ぐいっと仰向けに向きなおさせ。尖ったフォークの刃先を下に持ち直し、そのまま真っ直ぐに、明菜の胸元へと振り下ろした。 「いやあああああああああああ!」
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