第一章 美也子

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 満里奈がそう話した時、彼女の携帯の着信音が鳴った。満里奈は携帯の液晶に映った着信の電話番号を見ると、「あ、ちょっとゴメン」と言って席を立った。 「何よ、もう電話してこないでって言ったじゃない……」  耳元の携帯にそう話かけながら、満里奈はそのままベランダの方に出て行った。  満里奈が少し前まで付き合っていた彼氏と上手くいかず、結局別れたもののその後も「元カレ」がしつこく言い寄ってきて困っている……という話は、美也子も聞いていた。今の電話は恐らくその元カレからで、おそらく美也子を含めた皆には「聞かれたくない話」なのだろう。 「ところで明菜ちゃん、学校の方はどう? こないだの発表会はどうだった?」  そんな「大人の事情」を満里奈から聞いているらしい明菜も、何か心配げにベランダに去った満里奈を見ていたので、美也子は話題を切り替えた。明菜もそれを察したように、先週行われたピアノの発表会のことを楽しそうに話し始めた。こういう風に、大人の気遣いをとっさに感じて対処する、そんな頭の良さと、大人びたところが明菜にはあった。そして、そんなところも透君の「憧れ」の対象なんだろうな……天真爛漫とも言える満里奈と、まだ小学校の五年生なのに、大人びてしっかり者の明菜。二人はなかなか名コンビじゃないかしら、と美也子は思った。あたしと透君も、そう見えるかな? まだそこまではいってないかな……? 美也子が呑気にそんなことを考えていた時、満里奈が憂鬱そうな表情を浮かべて戻ってきた。 「大丈夫……?」  あまりにいつもの満里奈と比べて、そして先ほどまでのテンションと打って変わって落ち込んでいるように見えたので、美也子はちょっと心配になって声をかけた。 「うん、美也子にも話したと思うけど、例の元カレがね……しつこいのよ。何度話してもわかってくれないの。君には僕が必要だ、君はまだそれに気づいていないだけなんだ、とか言ってさあ……」  そう言って満里奈は「ふう」と大きなため息をつき、どさっとソファに座り込んだ。以前にも、満里奈が付き合っていた彼氏と別れたという事はあったが、それでも「終わったことはしょうがないもんね、切り替え切り替え!」と、満里奈らしいポジティブさがあったのだが。今回は、ちょっと様子が違うらしい。
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