第四章 透

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「あっ、あっ、あっ……」  美也子は涙ぐみ、息を切らしながら、ようやくその動きを止めた。もう何回、何十回振り下ろしたかわからない。もう一樹の目は、こちらを見ていなかった。いや、目がどこにあるかさえ、わからなくなっていた。一樹の体の上にかろうじて乗っかっているのは、頭ではなく。もはや、血まみれになった、肉の塊だった。自分を犯そうとしていた男は、とっくの昔に、完全に息耐えていた。  美也子は自分の右手に、未だしっかりと握られたままのくぎ抜きを離そうとし、しかし指が思ったように動いてはくれず。「もう……もう、もう!」と叫びながら、左手で右手の指を一本ずつくぎ抜きから引っぺがし。やっとのことで、くぎ抜きを床に落とした。それからゆっくりと、顔を上げると。まだ、両手にシャンプーのボトルを持った、透と目が合った。その瞬間、美也子の体に残っていた全ての感情が、堰を切ったかのように一斉に溢れ出した。 「わあああああ、わああああああああ!!!!」  美也子は血に塗れた体のまま、透を抱きしめた。透も今や、美也子の腕の中にその身を預け、泣きじゃくっていた。まだその手に、自分の大切な宝物であるかのように、シャンプーのボトルを握ったまま。透がようやくそのボトルを手離し、二人が改めて、ぎゅっとお互いの手と手を握りあったのは。それから数十分経ってからのことだった。
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