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「斎藤」
「はい」
女子トークを切り上げて早足で戻ってくると、部長に呼ばれた。
「どうしましたか」
「実は明月食品の方から連絡があってな」
「はあ…」
明月食品といえば、大手の食品メーカーだ。
少し値段はするが、テレビCMやスーパーでその商品を見ない日はない。
「古橋の担当なんだけどな…」
古橋さんは主にお客様の対応を担当している先輩で、現在絶賛育児休暇中だ。
私の教育係が彼だったせいか、ちゃっかり「ピンチヒッター」に推薦されてしまったのだ。
もっとも、繁忙期ではないため普段の分析業務に集中できるからと言いくるめられてしまったのだが……。
「はい」
「男子の方の陸上部寮で、少し遠出にはなるが、見てきてくれるか」
「…はい」
大手の契約だけあって、分厚い顧客資料を手渡されてしまった。
「分析の方は」
「…後輩に任せておきます」
ごめんね、アコちゃん。
資料を机の上に置くと、ドスッと物々しい音がした。
アコちゃんがピクリと肩を震わせたのが面白かった。
「うわあ…先輩、お疲れ様です」
「その分、私の分も分析頼むわ…」
「マジですか」
今日合コンなのにと堂々と呟くこの後輩、どう思います?
まあ、仕事を頼んだ私が言えることじゃないんですけど。
「てかこれ、明月食品の資料じゃないですか!」
「古橋さんの代理よ」
「ああ…何か言われてましたね、そういや」
軽いテンポの会話ではあるが、アコちゃんの手はずっとキーボードを叩いているし、私は直帰するつもりで荷物をまとめている。
「古橋さんみたいなイケメンなイクメンゲットしたい~」
私の教育係してた時(新婚当初だったと思う)には、取引先の女性や総務部の女性に名刺に連絡先を書いて渡していたことは言わないでおいてあげよう。
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