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「そういえば明月食品って」
パチパチとキーボードの音を立てながら自然に会話を進める姿を見せると、大抵の男性に引かれるのが悩みらしいが、そのクセを直すことはできないだろう。
「武市悠樹のとこですよね」
「………誰よそれ」
絞り出したような声に、誰も気づかない。
それでいい。
「陸上部の人なんですけど、すっごくイケメンなんですよ?」
イケメンサーチを欠かさないという彼女のその姿勢には、諸々通り越して尊敬しかない。
「とりあえず、アコちゃんのストライクゾーンが広いことしかわからなかったけど」
分厚い資料を抱えて立ち上がるが、会話は途切れそうにない。
「いやほんと、オリンピックに出るだろう逸材なんで、要チェックですよ」
そのあたりの言い回しは、ニュースで見たまま引用したんだろう。
「しかも陸上部の男子寮に行くんですから、親切だと思ってください」
「接客指導どうも」
…そうか、今日はこれから接客なのか。
名刺にペンを走らせる古橋さんの姿を思い出して、慌てて頭を振った。
車に乗り込んでナビを設定すると、思わず呻き声が出てしまった。
「遠いわ」
練習場の場所を取るためなのだろうが、ナビが示したのは山奥だった。
興味本位で女子寮を検索してみると、それを越えた反対側を示されてしまい、なんだかもう後悔するしかなかった。
後部座席のチャイルドシートに荷物が載っているのを確認して、エンジンをかける。
こいつのせいで、私が既婚者だとかシングルマザーだとかあらぬ噂が立てられるのだが、気にはしていなかった。
実際、そこに乗せる子供がいるのだから仕方ない。
「というかどこなの……」
自分の方向音痴具合に泣きそうになるのをこらえながら、必死にハンドルを握る。
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