ラベンダーの君

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 藤さんの調香場を出てトボトボとフロアを歩いていると香水斗が別の調香場から出てきた。さっきかけられた香水を思い出して声をかけられる前に来た道を戻る。 「志野!」  明らかに避けているはずなのに透き通る声で僕を呼ぶ。だけど、立ち止まるわけにはいかなくて少し足早に走った。  それなのに、フロアマップを知らない僕は行き止まりの場所に来てしまう。壁ギリギリまで近づいて香水斗に背を向けた。 「人が呼んでいるのに無視すんなよな」  ドンと背後から壁ドンされ、ゆっくりと振り向く。香水斗の鼻が僕の鼻と当たるぐらい距離が近くてドキドキした。すると香水斗は鼻を引き付かせ、しかめ面をする。 「藤と会った?」  ああ、やっぱりバレてしまった。    「あ、うん……フロアを案内してもらってた」  途中までというか、よくよく考えたら藤さんの調香場しか案内されてない。だけどそれを言うのは卑怯な気がして言わなかった。 「あの藤に? 峰岡さんじゃなくて」  どうして案内されてたのが峰岡さんって分かったのだろう? まだ何も言ってないのに。 「最初は峰岡さんだったけど、案内されてる途中で藤さんが代わるって……」 「で、このザマか」  低く唸るような声が聞こえたと同時にシャツのボタンが引きちぎられた。あまりにも一瞬の出来事に、ただただ驚くしかない。 「匂い混ぜやがって」  別に僕は悪くない。だって好きでかけたわけじゃないから。それなのに不思議と謝ってしまう。 「ごめん」  僕が謝ると香水斗は小さく舌打ちをした。そして僕の手首を掴み引きずるようにして何処かへ連行される。引きずられている間、歩調が全く合わなくて何度も蹴躓(けつまず)いた。磨いたばかりの革靴が擦れていく。
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