679人が本棚に入れています
本棚に追加
/112ページ
懐かしい香り
「お客様、こちらはいかがでしょう?」
ショッピングモールにある香水専門店。連日、通い続けたお陰で、渡された香水を最後にこのお店で売られている香水は全て嗅いでしまったことになる。きっと違うだろうな……と思いつつ嗅げばフローラル系の匂いがした。
すごくいい匂いなんだけど、僕が求めていた匂いとは違う。黒髪の前髪を弄りながらため息をついた。
「うーん、これも違うなぁ」
「そうですか……」
店員さんは分かりやすく落ち込み、店の奥へと下がっていった。彼女からほんのり香るアロマシャンプーの匂い。緊張で汗をかいたのか、シャンプーの匂いが広がっていた。
嫌いじゃない匂いに今すぐ彼女の身体を嗅ぎたくなったけど我慢する。この間、彼女に気持ち悪いと言われて別れたからだ。
彼女は僕が探し求めている匂いじゃなかったけれど、いい匂いだと嗅ぐのが止められない。匂いを嗅ぐと身体全体に電流が走り興奮するからだ。
セックス時にはもろに匂いを嗅いだって自然だから好きなんだけど、最初は恥ずかしそうにしていた彼女もだんだん引いていき嫌がるようになった。
彼女から『別れよう』と言われて引き止めはしなかった。だって、使っていた柔軟剤を変えたから。
そのことを彼女に言えば、あんたは香水と結婚すれば?! なんて言われた。彼女も匂いフェチだったから付き合ったのに、僕と同じレベルじゃなかった。
「はぁっ……」
いつからこんな風に匂いにこだわり始めたんだっけ……?
店を出てエレベーターで下に降りる。
『香水』と聞いて思い出すのは、小学生の時クラスではやっていたチロQに香水をつけて走らせた:香水斗(かなと)くん。
彼が休み時間に机の上でチロQを走らせた後には今までに嗅いだことがない不思議な匂いがした。クラスのみんなが彼に夢中になり、あっという間に人気者。僕もその内の1人だった。
チロQにつけた匂いの正体を知りたかったけど、当時僕の性格が内気だったこと、両親が転勤族だったため彼に聞く間も無く引っ越してしまって聞けないまま。
もう連絡は取れないし会う事もないけど、あの独特な匂いを今でも追いかけている。
最初のコメントを投稿しよう!