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そのためにはまず、外堀から埋める必要があった。2年前の冬、現場を統べる医局長に妊娠を考えていることを告げた。厳しい反応も覚悟の上だったが、結果は拍子抜けするほど好感触だった。その感触に勇気づけられ、本丸である教授室に乗り込んだ。案の定、医局長からそれとなく話が届いていたようで、大きな驚きはなく受け止めてもらえた。
「そうなったときは、何とかしましょう」というおおらかな返事を得て、晴れて私は「妊娠を許された身」となった。それが、去年の春のことだ。
そこから、思ってもいない日々が始まった。なかなか妊娠しないのだ。医療者として恥ずかしいことだが、避妊をやめれば簡単に妊娠するものだと思っていた。
先ほどの教科書の続きはこうだ。
『正常な夫婦では、結婚後6か月以内に65%、1年で80%、2年で90%、3年で93%妊娠します』
この「正常な夫婦」がどういった定義によるものかはわからないが、夫と私は秋を迎えた時点で残り35%に入っていた。そして、年を越した今に至っても、それは続いている。
「だいたいこんなことしてて、妊娠できるわけないじゃん」
ひと段落ついた救急外来の奥、診察台に腰掛け、看護師の中井はぼやいた。結婚4年目の彼女は「妊娠待ち」仲間だ。
「こんな寒いところで、夜中も起きて患者さん診て……いや、本当に大変な人はいいのよ?そういう人はどんどん来てほしいのよ?ただ昼間来たくないとか、エビの尻尾で舌切ったとか、そんなんで深夜1時にやってくる奴をどうにかする法律ないの?」
「今のところ、ないねぇ」
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