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外科レジデントともう一人の当直看護師が対応している声を遠くに聞きながら、カーテンの陰で大きく伸びをする。よほど痛むのか、患者は過換気になっているようで、それを神経質そうな母親が励まし続けている。看護師がそれとなく母親をストレッチャーから遠ざけようとしているが、聞く耳をもたないようだ。
「すみません、お母さん。診察の邪魔になるんで」
看護師のさりげない心遣いを、ばっさりと外科レジデントの声が切り捨てた。やりよった、と横目で視線を交わすと中井はサポートに飛び出した。場が混乱しないように、私は患者の死角になる位置で事の成り行きを見守ることにした。
担当しているのは植野という3年目の後期研修医で、スタッフからは「ウエ様」と呼ばれている。本人は気に入っているようだが、「(上から目線の)ウエ様」であることを、彼は知らない。
患者や家族に対する態度はいただけないが、診察や指示出しは的確で着々と採血、ルート確保が行われていく。気の毒なことに腹壁も硬いようで、心療内科医の出る幕ではなさそうだった。これはもうひと眠りできそうだと踵を返した瞬間、
「何てことを聞くんですか!!」
場にそぐわない金切り声に引き止められてしまった。振り返ると、ストレッチャーの側にはウエ様しかおらず、看護師2人もぽかんとした顔で母親を見ている。
「この子をいくつだと思ってるんです!よく考えて物を言ってください!」
「ですが、妊娠可能年齢の女性を診察する場合は、必ずお尋ねしています。お子さんも例外ではありません」
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