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「世の中って、不公平だよね」
早朝の白っぽい光の中、差し入れたコーヒーを手に中井はそう呟いた。15歳の妊娠反応陽性は、30代の女2人にダメージを残した。少女はやはり子宮外妊娠で、緊急手術になった。
「私、不妊治療してるんだ。出来にくいんだって」
たくさんの質問が私の脳裏に飛来した。けれど、それはどれひとつとして言葉にできず、私は黙って彼女の手をとることにした。繋いだ手を揺らしながら、そっと隣に立つ。きっと、お互いにあまり見られたくない顔をしている。
「頑張ろうね、先生」
「うん、頑張ろう」
「まずは温泉行ってくるよ」
「うん、お土産楽しみにしてる」
励ましのハグを贈る。きっと彼女も彼女にしかわからないことを抱えている。腕をほどけば、中井はいつも通りの表情に戻っていた。
「でも、私たち、もうすでにかなり頑張ってるよね」
「間違いない」
にやりと笑みを交わし、よれよれの白衣の女2人は手を振って別れた。
あれから、基礎体温をつけることはやめた。気の向かないセックスも、意味のない罪悪感も抱くのをやめた。
母は、これからも私を苛立たせるだろう。「祖母になりたい」、そんな彼女の求めに応じられない私を、愛のふりをした何かで小突き続けるに違いない。
母に許してほしかった。そのままでいいと認めてほしかった。
けれど、彼女に変わることを求めることをやめた。私が変わる方が、ずっと容易い。
誰よりもまず、「いい子」でいられない私を、私が許さなければ。
すっと背筋を伸ばす。
冬の空気を吸い込むと、ひと筋涙が出た。
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