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 先月、50になったんですよ、と彼女は大袈裟に鼻の頭に皴を寄せてみせた。こういうところが可愛らしい人だなと思う。 「母なんか来年で80です。それなのにまだ、私、母に『いい子』って思ってもらいたいみたい」 「そう感じるんですね」 「今話していて、思い出しました……『いい子』でいないと、母が怒りだすんです。昔からそうでした」 「具体的には?」 「例えば……うちの母は教員で帰りが遅かったので、私は学校から帰るとまず洗濯物を取り込んで、それから食事の下準備をするんです。それは小学生時代からずっと変わりません。でも、子どもですからたまに忘れて遊びにいってしまったりして。そうすると、そういう日に限って雨が降って、洗濯物が駄目になってしまって……慌てて帰ると、母親がじっと暗いままの居間に座っているんです。周りには洗濯物が散らばっていて、ただいまって言うのにこっちを見てくれなくて」  小学生時代の記憶をたどりながら、三谷さんは固く手を組んだ。関節の白さから緊張がうかがえる。 「ごめんなさいって言うけど、返事してくれないんです。まるで私がいないみたいに、食事の準備をして。手伝おうとするとやんわり突きのけられて、一切口をきいてくれない。そのうち怖くなって、私が泣いたらやっと『泣くくらいなら、最初からするな』って言われて」     
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