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「7時まで午後診してる病院を選べば、定時で帰らせてもらったら間に合いますよ。最初はこまめに行きますけど、今は月1回ですし」  右手で穏やかにお腹を撫でながら、ひとつひとつの質問に丁寧に答えてくれた。いよいよ食堂に人が疎らになったことを見計らって、私は本題に入った。 「ちなみに、今回の妊娠はこのタイミングって決めてたの?」 「……話せば、長くなるんですけどね」  私の本当に聞きたいことを察したのか、白瀬は辺りを見回し、低めた声で話し出した。  今から4年前、彼女は県立病院で2年間初期研修を終え、その時知り合った呼吸器内科医の夫と結婚した。新婚の4月から当院へ専攻医として赴任することが決まり、挨拶回りに来たのだという。 「そこで部長にがつんとやられまして……」  消化器内科部長は独身女性で、その仕事ぶりから「鉄の女」と呼ばれている。仕事熱心だが、相手への要求水準も高い。考え方も四角四面で、柔軟性があるとは言い難い人だ。彼女は白瀬が新婚だと知るや、すかさず言い放ったのだ。 「『すぐに子ども作ったりはしないわよね』って、あの口調で言われましたからね」 「それって、マタハラじゃないんですか?」  佐野のもっともな指摘に、医者2人は苦笑いするしかない。 「当時は、今ほど意識が高くなかったからねぇ……」      
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