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「こんなこと、実の母親じゃないと言えないから言っておくけど」  電話の母親の声は7割の娘に対する愛情と、2割の女としての意地の悪さと、残り1割のなんと評していいのかわからない――強いて言うなら人としての容赦のなさで構成されている。愛情以外の3割が、私の身体を強張らせる。 「タマゴには賞味期限があるのよ。それだけは、わかっていてほしいの」  脳裏に冷えたタマゴパックが浮かぶ。これが鶏卵の話ではないことは明白だ。 「貴女が仕事を頑張ってるのは、お母さんもわかってるの。だけど、物事にはタイミングがあるでしょう」  これは昔から思っていたことだが、もし、母親とクラスメイトだったとしても、私は絶対に友達にはならなかった。  そのくらい、この人の不躾さは我慢ならない。 「早く、お祖母ちゃんになりたいわ」 知るか、そんなこと。 その言葉はかろうじて声にならず、頸の後ろを這い上ってきた苛立ちと混ざり合って喉を塞いだ。沈黙で応酬した私に、「焦らせるつもりはないのよ」と母は思ってもいない台詞をかぶせてくる。 「こればっかりは、授かりものだものね」  それに関しては、私も同意見だ。そう思うしかないのだから。  料理の途中だから、と言い置いて、不自然にならないように通話を切る。受話器から流れ込んできた不愉快な感情を堪えきれず、手近にあったクッションを壁に投げつけた。 二度、三度と投げつけたおかげで、喚かずに済んだ。それとも、いっそ喚いた方がよかったのだろうか。結局、荒い息が漏れるばかりで、その衝動はどろりと喉を滑りおりていった。思った以上の苦さに、ひと筋涙が出た。
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