冬、微熱。

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「だから加納が東京に行ったら、ケロリと熱が下がるかもしれないなって」  加納はもう一方の手を持ち上げて、私の両手の上にさらに重ねた。アルコールの匂いがふわりと立ち上がる。 「馬鹿。下がらねぇよ。きっと今よりも酷くなる」 「じゃあ仕事もできなくなっちゃうわね」  大きな手がぐるりと動き、反対に私の手が捕らえられた。正面の顔はニヤと口角を上げる。 「仕事が止まったら俺がフォローするって言ったろ」 「東京から?」 「もちろん。けれど熱が下がらないって言うなら……」 「言うなら?」  目の前にある自信に溢れた強気な顔。 「いつでもお前に会いに来る」  大きな手にぐっと力が込められた。  仏頂面で上から目線で負けず嫌いで強引で。  ――でも。少しだけ弱いところもあったりして。  加納龍太郎。  太陽でもお月様でも、ましてや蟻でもなかったけれど。 「約束よ」  にっこりと笑顔を返せば、見たことのないとびきりの笑顔が返ってきた。 (やっぱり雪が降るかも)  どちらからともなく笑い出す。狭い空間に二人の笑い声が響いた。  私の微熱も暫く下がりそうにない。 終
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