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すると突然、白い気体を吹き出している新聞受けから人の手が突き出した。その手は夏に似合わないひどく青白い色をしていて、しきりにグネグネと動いている。秋山がその不可解な光景に呆気にとられ眺めていると、突然手は脱力したように垂れ下がり、新聞受けに飲み込まれていく。小さく音を立てて新聞受けが閉まり、完全に手が見えなくなった。漂っていた白い気体はいつの間にか消えていた。
蚊の羽音が耳元で聞こえ、我に返った秋山は恐る恐る
「誰か、いるんですか」
と扉の向こうに声をかけた。無論、先ほどの苛立ちは得体の知れなさからくる恐怖に変わっており、感情の変化に伴って声量も下がる。ほとんど呟いただけのような言葉に答えるように、再びドアノブが下がって、今度はそのままドアがうっすらと開いていく。正体のわからない不安感に駆られながらもドアの向こうを注視する。背中に冷たい汗が伝う。
ゆっくりと開かれていくドアから先程と同じものであろう気体が流れ出てきた。そこにはドライアイスの入った小さなバケツが置かれていて、煙はそこから発生していた。
室内が真夏の太陽に照らされ、先ほどの不可解な現象とも言えるであろう家の主の姿が露わになった。
「はい、うらめしやー。飯塚です」
いきなりそう言った男は、青白い顔に、左前の白い着物――白装束を着ていた。さらに頭にはいかにもという感じの三角頭巾をつけている。つまるところ死装束を着ているのだ。飯塚と名乗る彼の風体は、秋山の娘が言った通りの、幽霊だった。
「まあ、恨めしいことなんて今は特に思い当たらなんですけどね」
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