願い

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「わたし、里に下りてみたい」  五十鈴がそう言い出したのは、もう何度も四季が巡ったある日のことだった。 「里に? 何故」  何せ突然のことだったから訝しんで白弥は問うたが、実は五十鈴が前々から人間に興味を持っていたのは知っていた。 「人の暮らしを直に見てみたいの。一日何をして、一年をどうやって過ごすのか」  どうやら遂に我慢できなくなったらしい。白弥は心の中で苦笑した。  人々の生活を見たいと言うならそれもいい。頷きつつひとつ助言する。 「人の世界を見るなら、彼等にも五十鈴の姿が見えるようにした方がいいだろう。ただ見るのと交流するのとではまた違った側面が見られるかもしれない」 「どうすればみんなに見えるようになるの?」  身を乗り出して訊ねる五十鈴に可視化の方法を教える。始めこそてこずったものの、程なくして五十鈴は術を習得した。  早速山を下りてみると言う五十鈴に、白弥は日に一度は楠の元に帰って力を補充するように、と付け足した。一日二日離れたところで問題はないのだが、用心に超したことはない。白弥も可視化の状態で山を下りたことは数えるほどしかないし、まして五十鈴は今日初めて術を使って下山するのだ。 「わかった、夜には戻ります。――じゃあ、行ってくるわ」 「ああ」  張り切って歩き出した五十鈴の背中を見送って、白弥も日課の山の見回りに行く。  いつも後ろに感じた気配がないことが、何だか少しだけ物足りないような気がした。
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