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麓の近くまで行ってから可視化の術を使い、久方ぶりの里に足を踏み入れる。
五十鈴の気配は里の奥、周囲に疎らに建つ民家と同じようなごく一般的な建物の中からした。
薄い木製の扉を叩くと、すぐに男性の返事があった。
「はい、どちらさん?」
「五十鈴を迎えに来た者だ」
白弥が告げると扉が開き、ひとりの青年が姿を見せた。
白弥ほどではないが背の高い、割とがっしりした身体付きの青年だ。訝しげな表情を浮かべた精悍な顔つきが、白弥を見た瞬間驚きに変わった。白弥本人に自覚はないが、その見た目は男女問わず思わず息を呑むほどに美しいのである。
その青年の左の足首が青く腫れ上がっているのに白弥は気付いた。患部には白い布が巻かれている。
(……成る程な)
内心で納得する白弥に、我に返った青年が問い掛ける。
「あんた……どうして五十鈴さんがここにいるって――」
「白弥!」
青年の言葉を遮るように、家の奥から五十鈴が姿を見せた。急いで三和土に下り、履物を履くのもそこそこに青年に向かって頭を下げる。
「あの、お世話になりました」
「ああ……」
尚も疑問の目を向けてくる青年に、白弥も軽く頭を下げた。
「妹が世話になった。礼を言う」
「いや……」
「今宵は一先ずお暇する。――行くぞ、五十鈴」
「あ、はい……!」
呆気に取られている青年に背を向け歩き出す白弥に、五十鈴も慌ててついてくる。すっかり日の暮れた道を数歩行ったところで、背後から声がした。
「――五十鈴さん!」
「!」
驚いて足を止めた五十鈴に、青年の誠実そうな瞳が真っ直ぐに向けられていた。
「――ありがとうな。是非また来てくれ。今日の礼もしたい」
「――はい! 近いうちに必ず……!」
手を振る青年に、五十鈴も大きく手を振り返す。
二人の後ろ姿が暗闇に消えていくまで、青年は手を振り続けた。
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