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「だが今回の件に関しては五十鈴の考えにも一理ある。そもそも困っている者を見つけた時手を貸すのは善良な者なら当然のことだ」
「白弥……」
「慣れない可視化の身体で治癒の術を使い、しかも大の男に肩を貸したのだろう。力が一時的に弱まったのはその為だ」
――くい
控えめに袖を引っ張られて五十鈴を見ると、不安と僅かな期待をない交ぜにした瞳で覗き込んできた。
「わたし……また里に下りてもいい……?」
「ああ。今度は力の使い過ぎには気を付けるといい。己の力量を把握しておくのも大事なことだ」
「!」
弾かれたように顔を上げた五十鈴が、まるで花の蕾が開くように堅かった表情を綻ばせ、嬉しそうに笑った。
「ありがとう、白弥!」
「――」
その瞬間沸いてきた感情に、白弥は内心で戸惑った。
何だかこそばゆいようでいて、春の木洩れ日の中にいるような温かい気持ち。それが彼の全身を緩やかに満たしていく。
「? どうしたの?」
「いや……何でもない」
首を傾げる五十鈴に応えながら、白弥はそっと瞼を閉じた。
この感情が何なのかを、口で説明するのは難しい。だがどうやら自分が今感じているものは、「幸せ」というものらしい――。
「……行くぞ」
楠がある頂上に向かって、二人並んで歩き出す。
「――あ、そういえば」
途中思い出したように五十鈴が口を開いた。
「ねえ白弥。どうしてさっきわたしのことを『妹』と呼んだの?」
「……」
数瞬の沈黙の後、白弥は前を向いたまま答えた。
「……お前に初めて出会った時のことを思い出して言ってみただけだ」
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