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目覚めるとそこは、屋外階段の踊り場だった。
腕に巻かれた時計は16時と38分を刻む。
「ああ、また失敗か…」
蹲るように僕は頭を抱える。
それからスーツの胸ポケットに入れた紙切れを取り出し、インクが掠れ始めたボールペンで一本の線を足した。
86回目。
僕が有馬桐子にプロポーズし、失敗した回数だ。
失敗と言えど、何も手酷く彼女にフラれた訳ではない。
いつだって彼女は僕に笑い掛けて、それから。
涙を頬に伝わす。
糸雨のような滴は綿々と、音もなく流れていく。
これが失敗の合図。
目を覚ませばこの時間、この場所に、僕の意識は戻されている。
そしてまた、22時と15分に現れる彼女に向けてのプロポーズを考えるのだ。
何故僕は一日をループするのか。
何故それがプロポーズの日なのか。
何故彼女は涙を零すのか。
10回も同じ事を繰り返せば、その疑問をぶつける先がないことに気付いてしまう。
そして宿るのは少しの諦めにも似た感覚と、別の方向に向き始める意識。
ごめん、桐子さん。
僕はまた君を泣かせてしまった。
※
「こんばんは」
「あ、もう面会時間は」
終わってますよ。と、注意しかけた私の肩を羽柴先輩が掴む。
「有馬さんはいいのよ、引き継ぎにあったでしょう?」
言いながら開いた状態の看護記録のファイルを渡される。
「あ、207号室の…」
あの人だったのか。
もう見えはしない後ろ姿を追うように、私はナースステーションから身を乗り出す。
「旦那様も、毎日来てもらえて心強いですよね…」
「旦那様じゃないわよ」
羽柴先輩は私の独り言に予想していなかった返答を寄越す。
「有馬さんは、結婚されてないわ。それでも毎日、絶対。この時間に会いに来られるのよ」
時計は長針を僅かに傾ける。
それは22時と15分を示していた。
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