第2章 第17話(最終話) もったいないえ

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 ボソリひとり呟いた。もそもそと身体を動かすや座り直す。もしかしたら、まだイソメをくれと新たな客がやって来るかもしれない。もう少しだけ待っていよう。そう決めた。 (もったいない。もったいないえ)  心の中で繰り返す。  ふと何か思い当たったのか。ニヤリ、お冴は自嘲めいた笑みを浮かべた。  川沿いに、大勢の釣り人たちが屯しているにもかかわらず、夜の高瀬川はひどく静かだ。水面を照らす月が流れる雲に隠れてしまえば、辺りはすっかり闇へと包まれていく。  されども、お冴は恐怖を感じることは無い。それどころか、不思議と心が落ち着いてくる。 (もう少しだけこのまま)  お冴は目を閉じ、うたた寝を始める。ふと何処からであろう。三味線の調べが微かに耳へ届いてきた。 (……そうでした)  思い出す。  川岸のすぐ向こうは、花街先斗町。今宵もお茶屋では、きらびやかな装いをした芸舞妓たちが優雅な踊りを披露しているのだろう。  鬼骨の筆2 ー紅蓮のすずらんー 了
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