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第1話 桃川千春
新学期が始まった最初の日。とある家で、朝から目覚ましの音がけたたましく鳴り響いている。
「千春! 近所迷惑だからさっさと起きて、それを止めておくれ。毎朝これをやられたんじゃ、頭痛で朝ご飯抜きになっちまうよ!」
目覚ましの音の隙間から、母親が叫ぶ声が聞こえてくる。
ご飯という単語に反応した千春は、10はあろうかという目覚まし時計を片っ端から止めていく。ただ、これで起きればいいのだが、目覚ましの音を止め終わると再び布団へと潜り込んでしまった。
そこへ、大きな音を立てて扉を開いて母親が乗り込んでくる。次の瞬間には布団を引っぺがして千春にくどくどと説教をする。
ここまでが毎朝の定番の光景である。
「あんたね、今日から中学2年生なのよ? いい加減に目覚ましなしで一人で起きなさい。第一、あたしゃね、妹のさくらを幼稚園に送り届けなきゃいけないの。お兄ちゃんなんだから、少しはいいとこ見せなさい!」
そう言った母親は、ドスンドスンと大きな音を立てて階段を降りていった。
母親にこっ酷く怒られてようやく目を覚ました千春は、学生服に着替える。登校の準備を終えた千春は一階に降りてきて、顔を洗って食卓に着いた。
朝食の内容はご飯に味噌汁、焼き魚にたくあん。これぞ日本の朝食と言わんばかりの和食メニューだった。
「母さん」
千春が話し掛ける。
「ん、何だい?」
「今日は部活だから、帰りは少し遅くなるから」
「そうかい。じゃあ、さくらを迎えて帰ってきてからも、少し余裕はありそうだね」
少し会話を交わした後は、黙々と朝食を平らげた。
「いってきます」
支度を終えた千春は、靴を履いて慌ただしく学校へと向かった。
学校に着くと、まずはクラス分けを確認する。
さすがにあの目覚ましの量で目を覚まさなかった千春は、完全に出遅れてしまっていた。クラス分けの掲示板の前には黒山の人だかり。確認するのもひと苦労である。
だが、そこは少し身長には自信のある千春。背伸びをしてどうにか確認しようとする。しかし、なにせ名字が『ももかわ』である。確認しようにも五十音順に並べられた名前は下の方である。なかなか見えたものではなかった。
「今年は2組か……」
どうにか確認できた自分の名前は2年2組にあった。
千春が自分の名前を確認して呟くと同時に、千春に声を掛けてくる人物が居た。
「おはよ、千春。今年も同じクラスだね」
「またお前と同じクラスかよ。って事は、今年も初日からお小言か? かー、四月から最悪だぜ……」
千春が最悪と称するその相手は、幼稚園からの幼馴染の山海美空という少女だ。家は近所ではあるが、初めて会ったのは幼稚園なのである。
「まったく、可愛い幼馴染と同じクラスなのに、ホント酷いわね」
「自分で可愛いって言うか?」
「いいじゃないの。そんな事言うなら、勉強は手伝ってあげないし、忘れ物したって助けてあげないんだから」
千春が呆れた顔で言うものだから、美空はジト目で意地悪を言ってみる。
「そ、それは困る!」
すると千春は取り乱す。よっぽど助けられてきたのだろう。
「ホント、私が面倒見てあげなきゃダメダメなんだから、千春は」
千春の取り乱しっぷりに、美空はくすくすと笑っていた。
「さっ、とにかく教室に行きましょ」
「あ、ああ、そうだな」
二人は揃って教室へと向かっていった。
ちょうどその頃、街の中を一匹の小動物が駆け回っていた。
「はぁはぁ……、早く……、早く伝説の戦士を探さなきゃ。まさか奴らがボクたちを追ってこっちに来るなんて、思いもしなかったよ」
当てもなく走り回る小動物は、見るからに焦っていた。
「このままじゃ、こっちの世界もボクたちの国と同じようになってしまう……」
特に騒がれる様子もなく、二足歩行の小動物は街の中を走っていった。
始業式のその日は、あっという間に放課後を迎えた。
千春は所属するサッカー部の練習のために、早速グラウンドに向かう。
すると、グラウンドに着いた千春が目にしたのは、いつもの練習風景ではなかった。
「な、なんだこれは!」
なんとグラウンドには、先に来ていただろう部員たちが全員真っ赤に染まって倒れていたのだ。それは何とも異様な光景である。
「きゃああああっ!!」
不意に悲鳴が聞こえる。
千春が声のした方を見ると、全身真っ赤な男がサッカー部のマネージャーに襲い掛かろうとしていた。
その光景に千春が辺りを見回すと、地面にはサッカーボールが落ちていた。
「逃げろっ!」
千春はそう叫んで、不審者に向けてボールを思い切り蹴った。そのボールは不審者の頭に命中するが、不審者の様子がおかしかった。無事にマネージャーは逃げる事ができたが、その不審者の様子に千春はその場から動けなかった。
「……お前か、せっかくの食事を邪魔したのは!」
それもそうだろう。そう叫んで振り向いた男は目以外の全身が真っ赤。そして、その目は完全にいかれていたのだ。
これはやばいと思った千春だったが、思った瞬間にはすでに千春の体は宙に置いていた。
「ぐはっ!」
思い切り地面に叩きつけられた千春は、痛みに声を上げる。
「よくも……、よくもオレ様の食事を邪魔してくれたな。お前は【色を抜く】だけでは物足りぬ……。徹底的に痛めつけてやろう!」
男は叫びながら右手を高く掲げる。
「出てこい、【モノトーン】!」
「モノ、トーンッ!!!」
千春が男に命中させたサッカーボールが、真っ赤な化け物となって現れた。
「行け、モノトーン! そのガキを八つ裂きにしてやれ!」
「モノトーンッ!」
真っ赤な男が命じると、化け物は叫び声を上げて千春目がけて走ってきた。逃げなければならないが、千春はさっきのダメージでその場から動けない。
もうだめだ。千春がそう思った時だった。
「モノォッ?」
化け物が不意打ちを食らった声を上げて、吹き飛んで倒れたのだ。何が起こったのか分からないが、赤い男が驚愕の表情を浮かべている。
「貴様、生きていたのか!」
男が叫ぶ。すると、千春の目の前には、妙な小動物が立っていた。
「生きていて当然さ! ボクたちは国を取り戻すまで死ねないんだ!」
小動物は叫ぶが、赤い男はそれを高らかに笑い飛ばす。
「ほざけ! その縮んだ体で何ができるというんだ。モノトーンを弾き飛ばしただけで息が上がっているではないか」
「くっ!」
痛いところを突かれた小動物は、苦悶の表情を浮かべている。
「な、なんなんだ。この犬とも猫ともつかない、奇妙な生き物は……」
千春は目の前で繰り広げられる出来事に、完全に混乱していた。だが、この千春の呟きに、小動物を驚いて振り返る。
「君、ボクの事が見えるのかい?」
小動物が突然尋ねてくるので、状況がうまく呑み込めないが、千春は無言で頷いた。
「ならお願いだ。あいつを倒すためにボクに力を貸してほしい。このままじゃこの街どころかこの世界がめちゃくちゃにされてしまう。……お願いだ、頼む」
小動物は涙を流しながら、千春に頭を下げてきた。
しかし、当然ながら非日常すぎて千春の理解は追いつかない。
だが、現実として部員たちは酷い目に遭わされ、化け物は暴れて、目の前では小動物が涙を流している。周りを見ても誰も居ない。居るのは千春ただ一人。……選択肢はなかった。
「……やってやるよ。俺しか、居ないんだろっ?!」
千春がこう叫ぶと、小動物は顔を上げる。そして、尻尾から何かを取り出すと、それを千春へと渡した。それは、ピンク色の宝石がはめ込まれたブローチだった。
「そのままの状態でいい。これをかざしてこう叫ぶんだ。【パステル・カラーチェンジ】と!」
「モノ、トーンッ!」
弾き飛ばされて倒れていたモノトーンが立ち上がってきた。迷っている暇はなかった。千春はブローチをかざして叫ぶ。
「パステル・カラーチェンジ!!」
すると、ブローチから眩いばかりの光があふれて、千春の体を包み込んでいく。
そして、その光が晴れた時、そこには驚くべき姿があったのだ。
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