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「あー!!!」
「様々な喩え言葉が存在する中、春、というのは汎用性が高いと思いません?恋愛成就という意味で人生の春を迎えた陸くん。其れにも関わらず如何にも懊悩してますと言わんばかりに絶叫し、頭を抱えているのは何故ですか?」
「……相変らず小難しい言い回しが好きだねぇ」
ホームルームも終わり、1限目の開始を待つ短い間。其れなりに騒がしい教室では掻き消えていてもおかしくないだろう絶叫を、ご丁寧にも耳聡く聞きつけたらしいオレの友人、矢智にそう問われる。
此方を心配しているのか、純粋な好奇心か。何方にせよ、答える迄は執拗に付き纏われる可能性が低くは無い。否、其れは控え目に言い過ぎか。付き纏われる可能性が非情に高い。
別段気の良い友人で、本気で此方の嫌がる事をしない面もある為、心底からうんざりしてはいないが。其れでも苦悩に思わず絶叫ないし溜息を漏らす度、先の様な小難しい言い回しで問われるのは多少辟易とする部分も否めない。
そうであれば早々に白状してしまうのが良策だろう。
オレはそう判断して、此処最近の悩みである恋愛成就の其の後に纏わる悩み及び不安を白状しようと口を開き。
「まあ、悩みはあるよ。恋愛って実れば終わりじゃないんだから。其の点は矢智も心得ていると思う、け、ど……?」
しかし其れは中途で止まる。勿論今更己が悩みに気恥ずかしさを抱いての事ではない。
相手が他の人間であれば多少格好付けたいとも思うが、恋愛成就に至る中、或いは其れ以外でも散々紆余曲折する、言わば“格好悪い姿”を見せてきた相手である。今更悩みを吐露する事に躊躇う中でもないし、其の過程で矢智に対しては情けないがプライドを投げ打っている。
では何故言葉が止まったか。
見慣れた、其れなりに深く長い付き合いのある友人の相貌に、見慣れぬ物があったからである。
或いは友人の双眸が、今迄と異なっていたからである。
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