隠れた片眼

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 笑顔なのに目が笑っていない、という表現は時折目にする。幸いにもオレはそうした笑顔に直面した事は、少なくとも今の今迄1度もなかった。  では今し方、正に現在進行形で矢智(やとも)が浮べている笑顔が其れなのかと問われれば、答えに窮する。  片眼が眼帯に覆われている所為なのだろうか。矢智が目迄しっかり笑っているのか否か、オレにはよく分からない。  ただ、少なくとも矢智は表情に分類が存在するのであれば、其の分類上では明らかに笑っている。 「言葉の定義は人によって異なりますし、何をもって危険と断ずるかも同様です。でもあくまで僕個人の見解を述べるなら、危険かという質問には否で返せますよ。尤も行うか行わないかは、陸くんの判断に任せます。正直僕は、効果其の物より、過程及び結果齎される副産物に心強く惹かれた次第ではありますが」  言いながら矢智の手は伸ばされる。  朝、ホームルーム前の教室。其れと同様に、何処か大袈裟な動作で自らの片目を覆う眼帯へと。  しかし朝と異なるのは触れただけで手を止める事なく、少なくとも今日1日中、誰かの目がある所では僅かにズレる事さえなかった眼帯を、其の儘無造作に取り払った事だろう。  予備が無いのか、其処迄仰々しい事をするつもりはないのか、流石に其れを漫画さながら宙へ放り捨ててしまう事はしなかったが。  其れでも。  其れでも、其の、眼帯を取り払うという、有り触れた仕草は。  オレの目を惹き付けるには、十分な威力を持っていた。
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