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約束の祠
娘は急いでいた。
生い茂る木々の横を足早に進む。黄昏が娘の赤い着物を照らし、細長い影をつくった。
娘の吐息と草履が土に擦れる音以外には、ひぐらしの声が寂しげに響くのみだ。
娘は村はずれの山に向かう小道を進んでいた。
随分前にがけ崩れによって使われなくなり、今はほとんど人が立ち寄らなくなった道だ。
その道を進んだ所に小さな池があった。
娘は池の前までくると立ち止まって息をととのえた。そうして反対側の草叢の中に祠(ほこら)を見つけるとほっとした様な顔でしゃがみ、両手をすり合わせた。
毎日朝早くに娘はここにきてこの汚れた祠に日々の平安を祈った。死んだ母がそうしていたように、ささやかなお供え物をしてきた。引き取ってくれた村長をはじめとする村の人間は、すでにここに祠がある事さえ忘れているやも知れないが、かまわず続けてきた習慣だった。
しかしそれも今日で終わりだ。
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