約束の祠

1/9
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/32ページ

約束の祠

               娘は急いでいた。  生い茂る木々の横を足早に進む。黄昏が娘の赤い着物を照らし、細長い影をつくった。  娘の吐息と草履が土に擦れる音以外には、ひぐらしの声が寂しげに響くのみだ。  娘は村はずれの山に向かう小道を進んでいた。  随分前にがけ崩れによって使われなくなり、今はほとんど人が立ち寄らなくなった道だ。    その道を進んだ所に小さな池があった。  娘は池の前までくると立ち止まって息をととのえた。そうして反対側の草叢の中に祠(ほこら)を見つけるとほっとした様な顔でしゃがみ、両手をすり合わせた。  毎日朝早くに娘はここにきてこの汚れた祠に日々の平安を祈った。死んだ母がそうしていたように、ささやかなお供え物をしてきた。引き取ってくれた村長をはじめとする村の人間は、すでにここに祠がある事さえ忘れているやも知れないが、かまわず続けてきた習慣だった。  しかしそれも今日で終わりだ。     
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!