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チンチン♪
可愛らしい警笛を鳴り響かせて、トラム(路面電車)が綿毛を掻き分けて現れた。
小さなトラムはわたしの居る停留所に横付けされる。
扉が開き乗り込むと、進行方向を向いた二人がけのクロスシートは綿毛から逃れた人々によっていっぱいだ。
それでも最後尾にちょうどワンボックス分空いていて、そこへお尻を滑り込ませた。
トラムはチンチンと鐘を鳴らしながらゆっくり進み始める。
綿毛を掻き分け掻き分け、なだらかな斜面をのぼりゆく。
窓の外は相変わらず非現実的に真っ白で、時折ちらちらと現実が瞬いていた。
わたしは早速スケッチブックを開き、濃い色の鉛筆を動かす。
この白い世界の向こう側に隠された風景を静かにとらえてゆく。
のそのそと坂をのぼり切ると、停留所に停まった。
ドアが開き、白い綿毛が舞い込んで来る。
続いて、細身の神経質そうな目付きの男性が乗り込んで来た。
男性は車内に視線を走らせると、わたしの隣に空いた席に目を留める。
ゆっくりと落ち着いた足取りでわたしの隣まで来て、小さく頭を下げてから腰をかけた。
トラムが動き出し、わたしはまたスケッチブックに集中して――ふと鼻息を感じた。
隣を向けば先ほどの男性の顔が間近にある。
思わず身をのけ反らせると、「失礼」とぼそっと謝り姿勢を正した。
絵がお上手ですね。
しかしそのスケッチブックに描かれていた街並みはこの街のものと少し違うような。
は、はい。わたしがこの白い世界に想像を反映させたものです。
なるほど、それはあなたの頭の中にある街なのですね。
そう言い終わると少し上を向いて……測量しないと、とつぶやく。
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