1人が本棚に入れています
本棚に追加
チンチン♪
トラムはゆく。白い世界を。
わたしにも魚影が見えないものかと、頑張って窓の外を眺めたけれど見つけることは出来なかった。
その代わりに白いスケッチブックに魚影が描き込まれる。
またトラムが停留所に停まった。
次に乗り込んで来たのは年配の太った女性だった。
ところが手に何かを持っていて、その足もとには一匹の犬が居た。
……ううん、違う。
犬と思ったのは人形だった。しかも女性が手に持つ糸に繋がれたマリオネットだ。
女性の手が動くと、犬の人形は身震いをして綿毛をまき散らした。
大変でちたねぇピノコちゃん。
綿毛だらけでやんなっちゃうわ。
女性は犬の操り人形をとっとことっとこと歩かせながらこっちに来る。
そしてわたしの隣へと大きなお尻をねじ込んだ。
犬の人形は女性のひざで丸まっている。
それはまるで本物の犬のようだ。
わたしが人形をうかがっていることに気づいた女性は、大丈夫よと言って来た。
この子はおとなしいから噛みつきやしないわ。
そういう問題じゃないけれど……。
女性は犬の人形の体をなでながら言葉を続ける。
けれど、この綿毛がなかったら、ピノコちゃんは生まれてなかったのよね。
いえ、生まれていたとしても命まで得られなかったわ。
ピノコちゃんの中にはね、銀ドロの綿毛がたくさん詰まっているの。
こんなに街を覆い尽くすほどのエネルギーに満ちた綿毛ならきっと、命を宿せると確信していたわ。
ただ、お散歩には降りしきる綿毛はちょっと邪魔だけど。
でも、綺麗で新鮮な綿毛がいっぱい手に入るから全部悪いとは言えないのよね。
ふとわたしに、この人形の皮は本物の犬の毛皮ではないかという妄想が沸き起こる。
愛犬を亡くし、悲しみに暮れる女性に降った天恵。
この綿毛を使えば愛犬はよみがえると考えて……。
チンチン♪
はっと我に返ると、トラムが停留所に停まった。
女性はお先にと言って、犬のマリオネット人形をとっとこ歩かせながらトラムを出て行った。
最初のコメントを投稿しよう!