銀ドロトラム

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 トラムの外はあいかわらず真っ白だ。  代わりに、わたしのスケッチブックは陰影をくっきりさせてゆく。  トラムが停留所に停まると、今度は白衣の男性が乗り込んで来た。  頬がこけ、眼鏡をかけたその男性はわたしの隣に腰かける。  すると白衣の内側から取り出した小さな顕微鏡をひざの上に置き、何やら覗き込み始めた。  しばらくじっとしていたかと思うと、居ないとつぶやいて顔を上げ、ため息をつく。  何が居ないのですか?  興味を持ったわたしは思わず疑問を口にしてしまった。  わたしの方を向いた男性は一瞬けげんそうな顔をして、「ケサランパサランだ」と答えた。  聞いたことがある。  白い綿毛のような生き物で、おしろいを餌にするとか。  そして幸せをもたらしてくれるという。  でもそれは架空の存在のはずだ。  居るんだよ。  男性はわたしの心を読んだかのようにつぶやく。  子どもの頃、私はケサランパサランと出会ったことがある。  その当時は貧困にあえいで、勉学すらまともに出来てなかった。  親の借金を減らすため、鉄くず拾いやどぶさらいなど、なんでもやった。  そんな折り、ケサランパサランを偶然捕まえことが出来たんだ。  それ以来、生活が好転し出した。  親の借金も消え、私も勉学に励めるようになった。  けれどいつしか捕まえたケサランパサランは失せてしまった……。  男性は遠い眼差しでトラムの天井を見つめる。  私は、私の受けた恩恵を他の不幸せな人たちにも与えてあげたいと思うようになった。  だからケサランパサランの研究者となったんだ。  けれどケサランパサランを見つけることは困難だった。  そこで考えたんだ。  昆虫などは擬態するものも居る。  もしかするとケサランパサランもまた擬態しているのではないかと。  例えば雪とか。  この街の銀ドロの綿毛……とかね。  そう思い、綿毛を顕微鏡で調べ回っているのだよ。  チンチン♪  トラムが停留所に停まると、男性は顕微鏡を白衣の内側にしまって出て行った。  きっとまた綿毛を採取して研究するのだろう。  わたしは窓の外に目を向ける。  もしこの銀ドロの綿毛すべてがケサランパサランだったら……。  きっと街中……ううん、国中が幸せになってもおつりが来るに違いない。  わたしの描く街は楽しげなタッチへと変わっていった。
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