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チャイムを押しても返答がないので、合鍵でドアを開けた。
事務所にも、奥の部屋にも相田さんの姿は無かった。
「それにしても……」
酷い有様だ。十日と経っていないのに。酔っ払って暴れでもしたのだろうか。
物が散乱している。グラスが割れている。
床にこぼれた液体が黒く固まっている。
裏口を開けた。蔵の戸に南京錠はかかっていない。中にいるのだろう。
そっと、歩を奥に進めると、作業台に突っ伏している黒い作務衣の背中が見えた。
心臓が鳴った。まるで死んでいるように静かだ。かすかに背中が上下していて、ホッとした。室内は冷えきっていた。このままでは相田さんが風邪を引いてしまう。石油ストーブを点火した。
彼のそばに、近寄って顔を覗き込んだ。ずいぶん痩せたなと思う。
この人は、このまま放っておいたら本当に死んでしまうだろう。
なんだか不憫な子供のように見えて、目が霞んできた。
仕事をしながら、寝てしまったのだろうか。
台の上に、タバコの箱くらいの、つくりものの狐が居た。見覚えがあった。神社のお稲荷さんとは違う、白い狐。尻尾の先が黒い。黒い羽織の見返り狐。
そっと、手を伸ばして触れようとしたら、つかまれた。
「相田さん」
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