10

10/18
前へ
/122ページ
次へ
チャイムを押しても返答がないので、合鍵でドアを開けた。 事務所にも、奥の部屋にも相田さんの姿は無かった。 「それにしても……」 酷い有様だ。十日と経っていないのに。酔っ払って暴れでもしたのだろうか。 物が散乱している。グラスが割れている。 床にこぼれた液体が黒く固まっている。 裏口を開けた。蔵の戸に南京錠はかかっていない。中にいるのだろう。 そっと、歩を奥に進めると、作業台に突っ伏している黒い作務衣の背中が見えた。 心臓が鳴った。まるで死んでいるように静かだ。かすかに背中が上下していて、ホッとした。室内は冷えきっていた。このままでは相田さんが風邪を引いてしまう。石油ストーブを点火した。 彼のそばに、近寄って顔を覗き込んだ。ずいぶん痩せたなと思う。 この人は、このまま放っておいたら本当に死んでしまうだろう。 なんだか不憫な子供のように見えて、目が霞んできた。 仕事をしながら、寝てしまったのだろうか。 台の上に、タバコの箱くらいの、つくりものの狐が居た。見覚えがあった。神社のお稲荷さんとは違う、白い狐。尻尾の先が黒い。黒い羽織の見返り狐。 そっと、手を伸ばして触れようとしたら、つかまれた。 「相田さん」     
/122ページ

最初のコメントを投稿しよう!

26人が本棚に入れています
本棚に追加