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相田さんの作風が変った。私のスケッチを元に、試験的に作品作りに取り掛かっている。私のそっけない元絵が、何故か彼の手にかかると途端にファンタジーになってしまうのが実に不思議だ。嶋崎さんも協力的だ。
「小さいハコで一度個展を開いてみるか?」
そう、相田さんにもちかけていた。そうなると、きっと忙しくなる。前宣伝は大切だ。チラシを置いてもらうために私もあちこち走り回ったりしなくてはいけないのだろう。
それはそれで嬉しい。私もできることはなんでもしよう。ただし、できること、だけ。
この間の屋敷でのような事は、お断りだ。それは相田さんも重々承知してくれた。
相田さんは、私を籍に入れたがっている。保険のつもりだろうか。別に私はどっちでもいいのだけれど。
「一度、実家に帰って母に会って来ようと思います」
そう言うと、相田さんは、一緒に行くと言い張った。嶋崎さんが止めた。
「次回にしろ。今のお前では大反対されるのがオチだ」
そう。今回は顔を見せに行くだけ。私はすっかり変ってしまったから、母は驚くかもしれない。でも、自分の意志で選んだ道を進むのだと、それだけは伝えておきたい。
それじゃぁ、行ってきますと、玄関先で振り向くと、行ってらっしゃいと茶色い目が細まる。
ここは、私の帰る場所。そして、安息を得ることのできる場所。
群れをはぐれた二匹の獣が、重なって、丸まって眠る巣なのだ。
【完】
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