26人が本棚に入れています
本棚に追加
突然ガクンと、足場が揺れる。いや、この鉄の箱全体が。
きゃっ、と悲鳴を上げて、女は、よろけて膝を着く。
「大丈夫ですか」
「え、ええ」
手を差し伸べて、立たせる。照明が落ちる。
訪れる沈黙。静寂。
どうやらこのエレベーターは運行を止めたようだ。
ぼんやりと映る非常灯に照らされた女の顔は不安げで、俺は、おや、と胸の内で呟く。初めてそんな顔を見た。女は非常用の連絡ボタンを押す。応答はない。
「地震かなにかでしょうか。大丈夫かな」
意外に怖がりなのか。可愛げもあるようだ。
「大丈夫、高層ビルの耐震設計は進んでいます」
「でも……、動きませんよ? 灯りもつかないし」
「そのうち動きます。もし最悪の事態でも一両日中に救出されますよ」
「空気が無くなったりはしませんか」
「閉じ込められて窒息死なんて話は聞いたことがない。心配要りませんよ」
安心させるように、俺は優しげな声で言い聞かせる。
二人とも、黙ったまま立ち尽くし、変化を待つ。
沈黙が苦痛になるころ、女が、溜め息をついて笑う。
「ずっと前に観た映画を思い出しました。カラクリみたいになってる箱みたいな部屋に、数人の見知らぬ者同士が閉じ込められる話」
それは、観ていない。
最初のコメントを投稿しよう!