26人が本棚に入れています
本棚に追加
「どうって……、あの人が創作に没頭できる環境を整えるだけです。私、相田佑介の作品のファンですから」
なんのためらいも無くそう言って、微笑んだ。
「あ、でもそうしたら私、頑張ってもっと稼がなくちゃいけませんね」
揺るがない。彼女は、あの男の従順な恋人であり、見守る母親でもあるのだ。
この女は、俺の手には堕ちない。
席を立つ。ゆっくりと後ろ姿の彼女に歩み寄る。
足首が美しい、と思う。
「完敗だな」
「え? 何ですか?」
「いえ、何でもありません」
窓のそばで、彼女と並んだ。
「確かにいい景色だ」
くっきりと、霊峰富士が見える。飛べれば二十分くらいで着いてしまいそうだ。
彼女が、あ、と声を発した。
「こんな高い階でも、緊急用の開閉窓があるんですね」
「火災の時のためですね。そうそう、9・11以来、高層ビル災害には、脱出用パラシュートシステムが主流なんです」
「パラシュートですか? 飛び降りるんですか? ……ちょっと怖いですね」
無邪気な口調だ。
身を乗り出して窓の外を見る。
眼下に広がる地面を見下ろした。人が蟻のようだ。
たしかに、ここから落ちれば、ひとたまりもない。
俺は、並んで立つ彼女の背を、盗み見た。
もしも……と思う。
もしも、この女が、この世からいなくなったなら。
あいつはどんな顔をするだろう。
そして
最初のコメントを投稿しよう!