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空がオレンジ色に輝く午後6時。1人の男性がここ、マーダの転職相談所を訪れた。男性は油がところどころに付いた作業着を着ており、手は節くれ立っていた。
「いらっしゃいませ」
セーファスは笑顔で挨拶をし、奥の部屋へと男性を誘導した。男性が着席したとき、ホイットニーは厳粛な表情で口を開いた。
「マーダの神…うぎゃっ!」
すかさずセーファスはホイットニーのつま先を踏みつけた。
「龍の星の時とは違ってこっちでは客商売だって何度言ったら分かるんですか!それにここは神殿ではありません」
セーファスはホイットニーの耳元で小声でささやき、たしなめた。
「……よ、ようこそ、マーダの転職相談所へ」
ホイットニーは苦悶の表情をにじませながら懸命に笑顔を作り、男性へ語りかけた。
「あ、はい、あの、大丈夫……ですか?」
男性が心配そうな表情でホイットニーに問いかける。
「うぐ…」
「いえいえ大丈夫ですよ。ね?ホイットニーさん?」
セーファスは痛がっているホイットニーに念を押す。返事はない。
セーファスは再びつま先を踏みつけた。
「うげ……」
「大丈夫、ですよね?」
にこやかに、ゆっくりと再び問うセーファス。ホイットニーは命乞いをするような目つきで頷いた。
セーファスは笑顔を崩さずにホイットニーのつま先から足を上げると、再び男性の方を向いた。
「失礼いたしました。それで、本日はどのようなご用件で?」
セーファスは笑顔でそう尋ねた。
「ええと、私はこういう者です」
そう言って差し出されたのは一枚の名刺。
「郷田オート 坂下秀昭」と縦書きで書かれており、その脇に電話番号が書かれている。白地で模様などは一切ない、シンプルな名刺である。
名刺が差し出された後、セーファスは坂下とホイットニーのもとを去った。恐らくお茶でも淹れに行ったのだろう。
「お主がなりたいのは……ん?」
ホイットニーは厳粛な語り口で語り始めたが、一瞬遠くから冷たく射抜く視線を感じた。
振り返るとセーファスが急須を持ちながらするどく睨みつけていた。
「ん、ゴホン、さ、坂下様が、ご、ご希望なさるのは、ど、どういったお仕事でございますで候か?」
龍の星で100年以上敬語を使ったことのなかったホイットニーが敬語に慣れるのは一体いつになるだろうか?セーファスは大きなため息をついた。
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