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それに、おずおずと顔を覆った手を口元にずらしてみると、
戸惑ったような面持ちの辻上が、こちらを向いて立っている。
その姿を目にした未波の中のいくつもの感情が絡まり合い、
涙が溢れ、もう押し留めきれない嗚咽が小さく漏れ出てきた。
戸惑う彼の空気に、怒りも拒絶も感じない。
むしろ、キザキザにひび割れた彼女自身の心にその空気が入り込み、
優しく痛みを溶かしていく。
レイ……。
口にしたい愛しい名前は、声にならない。
そんな滲んだ彼女の視界の中で、わずかに辻上の顔が辛そうに歪んだ。
そして、「未波」と再び呟いた彼が、こちらにゆっくりと歩きだす。
それから、もう一度「未波」と彼の低い声が呟いた途端、
未波は彼に駆け寄っていた。
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