宇宙船から帰還後のこと

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宇宙船から帰還後のこと

 密閉され、遮断されたラジオブースは宇宙船だ。  目の前のマイクに拾われた声は透明に溶ける。声は電波にかわり、どこかで待ち受ける受信機でキャッチされる。小窓からのぞくと乗組員のひとりとアイキャッチをかわし、もうひとり別の乗組員がたくさんの束の紙をかかえてテーブルに運ぶ。まんなかに鎮座した船長はその紙の束をすぐに選別する。文字を声にかえ、同じく受信機の前で待ちわびたひとたちに特別な喜びを教える。  このなかにいるだけで、毎日がわくわくして、どういう展開なんだろう次は、という生放送だからこそ味わえる臨場感に立ち会える。船長と勝手に呼んでいたラジオパーソナリティには、ラジオの神様がついていた。  自由自在にことば巧みに目の前のラジオから飛び出す興奮を与えてくれる。ことばひとつひとつが世界となり、聴いてくれていたラジオリスナーの心に響き、届く。  ラジオの神様に見初められた人物は周波数の波の中を自由に泳ぐことが許され、他の乗組員とは違った特別な恩恵を受ける。  ずっとこのまま、ラジオの電波のなかに漂い、浮かぶ宇宙船のなかに船員として残りたい。  いつかわたしも船長のようにこのラジオブースで舵を切れたら。  そんな中、降りてもらうよ。ある日、船長から突然告げられた。  長年、一緒にやってきて勝手もわかってきた頃だったのに、強制的に下船させられる。わたしが残りたいと願ったとしても、周りが許さなかった。唯一信頼していた受信機の前で待ちわびていた人たちの中にも、快く思っていない人もいた。元気だった頃の声が少しずつ小さくなり、うまくしゃべれなくなる。  ラジオの神様についに見放され、嫌われた。
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