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「もうじき授業だから、帰ってちょうだい」
「本当にありがとうございました」
玄関のドアを開け、あじさい先生に向けてもう一度おじぎした。
すると、足に何かがあたった。
足元に転がっていたのは、ソファにあった小さな四角い背当てクッションだった。黙って拾い上げる。入口に設置されてあった、ガラスでつくられた高級そうな飾り棚の上にやさしくのせる。何事もなかったかのように外に出た。
階段を降り切り、道路に出た。駅方向へ足を進める。わたしの名を叫ぶ声がした。振り返ると、あじさい先生が雨にうたれながら、すごい形相でわたしを睨んでいた。せっかくきれいにセットされ、まっすぐ肩までのびた黒髪が雨で濡れている。赤いいスーツは雨のシミをつくり、高級なスーツが台無しだ。
「ここはあんたの帰る場所じゃない」
いい終わると、階段を駆け上がり、出入り口を大きく音を立てて閉めた。
雨のカーテンが静かにわたしの周りを取り囲む。ビニール傘の柄をぎゅっと握りしめた。
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