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淳さんと出会ったのは、大学一年の夏休みだった。東京の大学から帰省した夏休み、短期学生バイトを募集している会社を見つけた。塾向けの問題集や教材を扱っている小さな会社で、パソコンを使って問題集の編集作業を手伝うものだった。アルバイト責任者だったのが、淳さんだった。吸い込まれるような瞳に、端正な顔つき。八歳も年上なのに年下のように見える。応募の際、電話応対してくれた淳さんの低音の声に胸をうたれた。短期バイトが終了すると、淳さんと交際を始めた。遠距離だったけれど、電話やメールでつながっていた。ハッチャンとこうやってしゃべることしか、オレにできることはないというのが、いつも電話口の決まり文句だった。数々の時間が流れても淳さんの声で前を向くことができる。足場を崩し、逃げるように戻ってきた。淳さんに素直に話した。
「じゃあ、オレの家にくればいいよ」
今年の四月のはじめに、淳さんのアパートに転がり込む。理由を話そうと思って、言おうとするとはぐらかされる。それが何回か続いていくうちに話すのが面倒くさくなった。淳さんは気にしてくれていたみたいで、
「何か言いたいことなかったっけ?」
「もう忘れた」
一言つぶやくと、それでいいんだよ、と大きなてのひらで頭をなでてくれた。てのひらから伝わる、あたたかい温度を感じて理由が溶けてなくなるようだった。
白いお皿にあふれんばかりにたっぷりのお米、カレーをよそってあげた。
「何かいいたげな顔してるけど、どうした?」
「ううん。何でもない。カレーの中に言いたいこと入れて煮込んじゃった」
「そう。だから、こう、コクとまろやかさが出てるのかな。おかわりもらうね」
「たくさん作ったから、食べて」
鼻歌まじりで淳さんはお皿をもって台所に立つ。カレーの香辛料のおかげなのか、淳さんのおかげなのか、いつもよりおいしくいただけた。
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