追憶のレプリカ

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 一カ月たったころ、部屋の隅に転がっていたあの木のおうちの箱がなくなっていた。 「お母さん、木のおうちは?」 「お店の子にあげたよ。あんたくらいの女の子がいるって」  一回だけでも遊んでおけばよかったかな、と後悔した。  その夜、姉のけほけほと咳で目が覚めた。美羽はどうしても我慢できなかったので、ふすまを開ける。 「お姉ちゃん、何やってるの?」 「別に」  居間は空気が白く淀んでいた。手にもっていた煙草を灰皿にこすりつける。母の残り香が漂っていた。 「うるさい、早く寝ろ」  急いでトイレに行き、用を足して寝室に戻る。布団をかぶっても、居間からはしばらく姉の咳が聞こえていた。  次の朝、学校に行こうとしていると、姉と母が取っ組み合いのケンカをしていた。姉は皿やコップ、灰皿を投げた。コップは居間にある窓に当り、古いスリガラスはいとも簡単に粉々に割れた。修理をするお金がなく、ビニール袋を切ってガムテープで固定し、雨戸を閉める。 母は振り向きもせず、引き戸を開けて出ていってしまった。肩をいからせ、顔を真っ赤に染めた姉が立っていた。 「あんたもあたしもメカケの子なんだよ」 「メカケ?」  何かの動物の名前かと聞きたかったけれど、その言葉の響きが聞いてはならない固有名詞なのかと口をつぐんだ。 「あんたが生まれたばっかりにあたしが苦労してるんだから」  そういうと、姉はクッキーの空き缶を美羽にめがけて投げた。美羽は泣きながらランドセルを背負うと家を飛び出すように小学校の道のりを駆けていった。
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