追憶のレプリカ

3/21

1人が本棚に入れています
本棚に追加
/26ページ
「早く寝ろよ」  姉にぶっきらぼうに言われ、しぶしぶ居間の隣の寝室に入る。まだ美羽の身長では電灯のひもに届かない。真っ暗な中、ふすまに少しだけ穴のあいたところから差す明かりを頼りに姉の隣の布団を敷く。湿気で重くなった布団を引くたびにいつも腕の筋肉が軽く痙攣を起こしていた。眠れない日はいつも窓の前に備えている大きな花のプリントのついた折りたたみテーブルに置かれた箱を手に取る。ぼろぼろなふすまのすきまからコント番組とともに姉の笑い声が聞こえてきた。いつも両隣が怖くて布団をかぶって寝た。姉の隣の学習机にはいつもおどろおどろしい色の背表紙の呪いと書かれた名前が寝ている目線にぴたりと合う。かといえ左を向けば押入れがあるのだが、カビ臭く、ふすまは張り替えもせず茶色いシミが点在して夜中目が覚めるたびに人の形だったり目のようで怖かった。湿気を吸った重い掛け布団を頭まですっぽりと隠しながら眠る。 「懲りないね」  毎朝、姉の目覚ましで目がさめると美羽のパジャマのズボンは濡れていた。 「どうしてあんたはトイレにいかないの」  そういっても行けない理由は姉のいる居間を通らなくては玄関横のトイレにたどり着けなかった。美羽は黙っていると母が頭をはたいた。それから美羽によってたくさんシールが貼られたタンスから新しいパンツを用意し、濡れてしまったズボンとパンツを替えた。 「美羽ちゃん、遊ぼ」  休みの日は決まって玄関から友達の結衣ちゃんがやってきた。結衣ちゃんは美羽よりひとつ年下で仲良しだった。結衣ちゃんの家は美羽のアパート群の中の奥にあった。三月に入ってすぐの頃、肩までのびる髪を二つに分けた三つ編みをはずませながら、新しいランドセルだよと美羽に見せびらかしていた。  引き戸を開けると、結衣ちゃんはうれしそうに笑っていた。 「遊ぼう」  そういって、家の前の砂利道に靴で丸を描き、ケンケンパをしたりカケッコをしたりして走り回った。通りをはさんで向かいにある2階建てのアパートの階段を利用して遊んでいると、隣の家のおばあちゃんがいつもアイスをおごってくれた。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加