追憶のレプリカ

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「あんた、また買ってもらったの」  美羽が帰ってきたところを狙うように、姉はセーラー服姿のまま、美羽の新品の筆箱を手に取る。そのまま美羽の顔に振りおろす。筆箱が壊れたから母にお願いして買ってきてもらっただけなのに。やめて、痛い。ごめんなさい、と言っても姉の手は止まることがなく、鈍い音が部屋中を駆け巡り、気がつけば下の歯が一本欠けていた。次の日、母に口をあけて欠けたことと筆箱の話をしたところ、あんたが悪いかもねと取り合ってもらえなかった。歪んでしまった筆箱にしぶしぶ鉛筆と消しゴムを入れた。奥歯の虫歯がひどくなり、眠れなくなったので母にお願いして歯医者にいったところ、医者から告げられたことは、下の欠けた歯は永久歯だからもう新しい歯は生えてこないねと残念な顔をした。  帰ってくるといつも姉は寝室の部屋から一歩も外に出てこなかった。箱を眺めたいのに硬くなにふすまを閉じたままだ。母にお願いしても、後にしなさいと聞き入れてもらえなかった。しかたなく、居間の隅に転がっていたらくがき帳に絵を描いていた。  母が家にいない日が増えてきた。だがいつもこたつテーブルの上には母がつくるご飯が置いてあり、錆びた冷蔵庫の中には買いおきされた野菜やくだものが入っていた。 「お姉ちゃん、お母さんは?」 「知らない」  そういいながら、ソースがしみ込んでいるのに冷えたねちょねちょしたやきそばを頬張った。昨日姉に美羽が標的となった輪ゴム銃のことを思い出しながら食べていた。
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