追憶のレプリカ

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「それじゃあいってくるから、いい子にしてなさいよ」  母が出かけたあとを追いかけてみる。自転車なので追いつけないことはわかっていた。だけど、母を探したかった。頭上にひとつ、水滴が落ちてきた。アスファルトをまだら模様にかえる。雨が降りはじめた。美羽は走って一度も通ったことのない書道教室の軒下に座る。雨どいをつたい、大粒の雨が滝のように地面に流れ落ちていた。 「おなか、すいた」  雨がやむ気配がない。白い靴はすでに黒く変色し、靴下の中まで雨水が侵食していた。先に進みたいけれど、向かいの家のガラス窓には道端にある小さな地蔵がこちらをにらんでいる。そんな自分の姿が怖くなり、横殴りの雨に当りながら家まで走っていった。濡れた服を乾かそうと家の前の軒下で座っていると、美羽ちゃんと声をかけたひょろひょろとした体型のおばさんが近づいてきた。 「結衣ちゃんのお母さん」  結衣ちゃんは好きだったが、結衣ちゃんのお母さんは嫌いだった。学校から帰るといつも近所のおばさん数名と道の隅で固まっておしゃべりをしている。美羽に気づくと、さらに声をひそめていた。
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