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「父が美術館長と、懇意にしているそうでな」
水花ちゃんが、どうでもよさそうにぴらぴらと振る。
「せっかくですから、行ってみませんこと?」
雷花ちゃんは、物珍しそうにチケットを手に取った。
「芸術の秋、というではありませんの」
言いだしっぺの本人はどこかへ行き、私は人の多さと昼食前の空腹に辟易し始めた頃。
不意に肩を優しく、ぽんぽんと叩かれ不機嫌な顔のまま振りむいた。
埃一つ無い漆黒のジャケットと、パンツルック姿の女性が立っていた。
目鼻立ちのくっきりした、涼しげというかやや表情に欠ける顔。
彼女の胸元には、美術館所属を示すIDカードが下がっている。
「白花水花さんと、お連れ様ですね。
私、秘書の若紫千博(わかむらさきちひろ)と申します。
館長がお呼びです」
首をかしげて水花ちゃんに、どういうことかと視線で問いかける。
水花ちゃんは、軽く頷き表情一つ変えない秘書に返答した。
「ありがとう。
また後で、改めて顔を出す予定だったのだが」
「人が多くて、さぞお疲れでしょう。
昼食を用意しておりますので、ぜひ召し上がってください」
くるりと背を向けて、きびきび歩き出す千博さんに付き従う。
「普段は入館前に、館長へ挨拶に行く所だが。
いかんせん、今日は忙しそうだったからな」
「食事まで、用意してくれるんだから。
きっといい人に違いないわ」
そうだな、と水花ちゃんに軽く流されてしまった。
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