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「取り乱してしまって、申し訳ございません」 「ま、とりあえず落ちついてくれて良かったよ……」  このまま離れないのではないかと不安になる程の時間が経った頃、ほんのり頬を染めて照れたように男性は秋良を解放した。  もしかしたら、もう少し早く我に返っていたのかもしれない。初対面の秋良の前でいきなり大泣きした手前、顔を上げるタイミングが難しかったのだろう。  もう涙は止まっている様だったが、差し出そうとしていた手の行き所を見つけられず秋良がそのままハンドタオルを差し出すと、男性は恐縮したようにおずおずとそれを受け取ってぺこりと頭を下げた。  予測不能の事態が続いたために、言葉は悪いが冷静に相手を観察出来たのはこの時になってからだった。  頭を上げた男性の顔は思わず呟いてしまった通りの感想が変わる事は無く、ここのところ悩まされている夢に登場する部下らしき青年「孝則」にそっくりだった。  思いがけず辿り着いたこの桜の木の下が、夢の中のシチュエーションと酷似しているから、その下にいる男性も夢の中の人物と重ねてしまったのではないかと言う杞憂を吹き飛ばすほどに。     
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