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壱
大きく咲き誇る、桜の木の下。
少年から青年へ成長を遂げたばかりの、威厳と呼ぶにはまだおぼつかないが、強い意思を宿したような真っ直ぐに伸びた甲冑姿の背中がそこにあった。
風に舞って散る花弁を惜しむかの様に、まるで自分自身の姿をそれに見るかの様に、微動だにせず青年は降り注ぐ桜にその身を委ねている。
見上げるでもなく、手に取るでもなく、ただなすがまま。桜の木の下に立ち続ける青年が、遠くから掛けられた声に振り返ったのは、どれ位の時が経った頃だろうか。
「殿!」
「……孝則か」
青年よりも多少なりとも年上だと思われる孝則と呼ばれたその男は、しかし躊躇いもなく青年の元に跪いた。
身につけている鎧の質感や豪華さから見ると、青年よりも身分は低そうだ。だとすると、部下か何かかもしれない。
そう考えると、孝則が青年に膝をつく事もおかしなことではない様に思えた。
「皆、無事に逃げおおせたようです」
「そうか、ご苦労だった」
「殿を案じて皆なかなか行かず、説くのに苦労致しましたよ」
「……俺は、幸せ者だな」
「そう言える殿だから、皆もついて来たのです。もちろん、私も」
「あぁ。感謝している」
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